自己注射
小さい頃から注射が嫌いだ。
好きな人も少ないと思うけど。
不妊治療にはともかく注射が多い。
検査での採血、排卵誘発剤、ビタミン注射…
やたらブスブス打つ。
これまでの人生で打った注射の数をたった2年間であっさり超えたと思う。
そういえば、インフルエンザの予防接種も年によって飛び上がるほど痛かったり全く痛くなかったりするの、体調なのか液の成分なのかナースさんの腕なのか 長年の疑問だったけど、今回ハッキリしました。
完全に 腕(技術)です!
同じ筋肉注射を毎日打つから、人によって痛さが全然ちがうのが分かった。
痛いナースさんに当たると毎回もれなく痛いので かなり憂鬱。
自己注射もはじめてやった。
糖尿病治療のインスリンみたく、ペン型のヤツを腹にブスリとやるのかなと思ったら、普通に注射器だった。
小瓶で薬剤を混ぜ合わせ、注射針で吸い上げてセットする。
注射器を指ではじいて空気を抜き 針先から液をピュッて出す仕草が なんかカッコいいよね。
学生の頃の理科の実験みたいで楽しい。
嬉々として腹に注射打ってる私を奥さんは訝しげに見てたけど、自己注射のおかげで仕事帰りの病院通いが大分減ったのは本当に助かった。
私はhMG (human menopausal gonadotropin)という注射を打っていて、ある日ふと成分が気になって調べたら、
【閉経後の女性の尿から抽出して作成される】
って書いてあって 何ともしょっぱい気持ちになりました…。
魔女の窯でグツグツ煮込まれてる煎じ薬の中身を聞いちゃった気分だわ。。
生命を錬成する化学って凄いな。
What About Us
妊活をはじめて、世の中にこんな神さま頼りのことがあるのかと思った。
生命のパーセンテージはあっても絶対じゃない。もはやその采配は神の領域。
努力とか真摯な姿勢とか全く考慮されない。
信仰心とかないし、なんならカトリックとは折り合いの悪い私ですら、神さまに問いかけたくなる。
そのジャッジの基準は何なんだと。
いっそ手数がゼロならあきらめるのに、運が良いのか悪いのか、解決策が鼻先に舞い降りてくる。
神さまがいるのなら、一体 何がしたいのだろう。
今までのことが全て無駄だったとは思わない。
痛い目にも辛い目にもあったけど。
一生するつもりもなかった妊活をやってはじめて、子どもを好きになった。
別に嫌いだったわけじゃないし、『はじめてのおつかい』を見て涙するぐらいの人間性は持ち合わせていたけど、尊いと思ったことはなかった。
今回の妊活を経て、信じられないくらいの奇跡の確率と生命力でこの世に誕生した存在を、心から愛おしく感じたのだ。
おやおや、よくここまで来たのぅ。って目を細めたくなる気持ち。
私の中に好々爺が爆誕。
お母さん という人種にも畏敬の念が生まれた。
だって不妊治療ですら失神するほど痛かったのだから、出産の痛みは想像を絶する。
世のお父さんたちは肝に免じたほうがいいと思う。死ぬほどの痛みに耐え、命をかけて自分の子を産んでもらうのが、どれほどのことなのか。
出産と同じ痛みを男性に与えるとショック死するらしいよ。
公園で小さい子を連れたお母さんを見かけると、よくぞ ご無事で。 と膝をついて深々と首を垂れる。心の中で。
電車で泣いてる赤ちゃんをあやす母親に絡むオッサンがいると、何やってんだ!相手は かの地獄から生還した覇王ぞ!!お前なんか指先ひとつで散るぞ! と震えあがる。
金輪際「お母さん」には歯向かうことをやめようと心に誓った。
ほかにも世の不妊に悩む人たちが、こんなにも苦労して痛みを伴う高額の治療を受けていることを知った。
子どもが欲しいLGBTQとそれを阻む法律や産婦人科学会、政治家など様々な壁に直面した。
人生は限りあるものだから、辛いことも楽しいこともやらないよりはやった方がいいと思うけど、今回は結末が分からない。
最近、P!nkの「What About Us」を聴きながら何となく歌詞を調べたら、いまの心情にぴったりだった。
そう、私は問いかけたいのよ。
神さまとやらに。
私たちはどうなるの?
決断のとき
奥さんと2人でこれからのことを話し合った。
ルーツや遺伝子のこと
可能性とリスクについて
妊活の終着点
私は最後にもう一度だけ同じ治療にトライしたいと伝えた。
それで私の妊活は終わり。
思えば長い不妊治療の中で、私が自ら治療を希望したのは これが初めてだった。
ようやく心と身体がリンクした気がする。
前回の結果をみても辛い思いをするのは分かっていたけれど、私は決着をつけたかった。
すべての可能性が消えそうな今、奥さんと子どもをもつことの尊さが、その奇跡の確率が、本当の意味で分かってきた。
ハル・ベリーがラジー賞(「最低」映画の表彰)を贈られたとき、感極まって涙ながらに謝辞を述べる演技を全力でやり切り、「よき敗者になれないものは、よき勝者にもなれないわ」ってスピーチしてたの思い出したわ。
恐怖に打ち勝ったわけではないけど、2人なら病める時も健やかなる時もどうにか進んでいけるかもしれない。
加えて、失意の底にいた我われに寄り添ってくれたドナーファミリーや、セクマイ妊活コミュニティの存在もとても心強かった。
終わるのは恐いことじゃない。
そう結論が出たので、私たちは前に進むことにした。
恐怖と向き合う
人は一度こてんぱんに負けると、ふたたび同じことに挑戦するのが怖くなる。
悪い結果を告げられたときの精神的なトラウマもあるのだけど、今回は金銭的にもショックが大きかった。
不妊治療は基本的に自費診療なので、治療費の平均額は約150万〜190万円とかなり高額だ。
ヘテロカップルなら特定不妊治療1回ごとに15万円の助成金が出るけど、我われは0円。
そりゃ足立区も滅びますよ。
生産性ないない言うくせに、LGBTQに子どもをつくらせないシステムなんだから。
高度な不妊治療はまるで博打だ。
わずかな可能性に大金はたいてガチャを回す感じ。負けるとフルモンティで振り出しに戻る。
やっとたどり着いた理想に夢はあるけれど、あの絶望感を思うと怖くて仕方がないし、奥さんを同じ目に合わせたくない。
最後にもう一度トライするか否か、決断のタイムリミットが迫っていた。
銀のスプーン
奥さんが私の遺伝子にこだわった理由。
そもそも彼女の方が子宮の機能がいいし、妊娠・出産に葛藤もない。
自分が産みたい気持ちを抑えてまで私の子どもに執着していたのを、いままでは「まあ随分と私のことが好きだな」ぐらいに思ってた。
惚気ではなく。
「きみの全てが素晴らしいと思うから、ぜひ遺伝子を受け継いだ存在をこの世に生み出して、自分の手で育てたい。」と真顔で碇ゲンドウばりの壮大な保管計画を語り出したときは、ちょっと引いたし。
私 死んだらペットセメタリーに埋められるのかな…
しかし今回の惨敗を機に、もう一度 子どもについて話し合ったとき、彼女の中に自分の遺伝子に対する呪いのようなコンプレックスがあることに気づいた。
奥さんは愛情はあるものの裕福ではない複雑な家庭で育っていて、生まれた子どもに彼女の両親のマイナス面が受け継がれるのを、本気で心配していたのだ。
私も以前は自分の血を継いでいない子を愛せるのか、わが子といえるのか自信がなかった。
その子が何かトラブルを起こしたとき「私の子じゃないからだ」と思ってしまうことが怖かった。
だけど不妊治療をつづけた2年間、姪っ子の誕生やドナーファミリーの子育てを近くでみていて確信したことがある。
私は「遺伝子」では造られていない。
正確には、遺伝子の要素なんて ちっぽけな一部でしかないということ。
たとえ血が繋がっていなくても、私は母さんのように芸術を愛し、雨の日にはケーキを焼いて部屋を甘い香りで満たすのが好きだし、
父さんのように根はロマンチストだけど愛情表現は苦手で、ごめんなさいが素直に言えない。
家族と一緒に過ごした時間や外の世界での体験や教育がパイ生地のように積み重なった結果が私なのだ。
この間 キングスマンを見ていた奥さんが急に涙ぐんだので驚いたけど、映画の中の台詞に何か響くものがあったらしい。
銀のスプーンが無くても道は拓けるということだ。君が順応して学べば変われるのだ。
Now, my point is that the lack of a silver spoon has set you on a certain path that you needn’t stay on.
銀のスプーンは裕福な家柄の象徴。
紳士になる条件に出自は関係ない。
もし今後 血のつながらない子どもを育てるチャンスを与えられたら、私は秘伝のレシピのように人生の楽しさや学んだことを余すことなく伝えていけばよい。
それが真の意味で「受け継いだもの」なのだから。
旅の終わりのはじまり
みんなハッピーエンドが好きだ。でも、いつもそうはいかない。たぶん今回も。
『アベンジャーズ/エンドゲーム』のトニー・スタークの言葉が、これからの話にはしっくりくるかもしれない。
でも、この話がいつか誰かの一歩の手助けになったらいい。そう思って記録に残すことにする。
前回の日記から1年が経ってしまった。
妊活はボチボチ続けていたのだけど、良い報告ができないのに加えて、治療が高度になるにつれオープンに書けないことも多く、筆が止まっていた。
その間も我われに寄り添い、力を貸してくれたドナーファミリーには感謝しかない。
ポリープ手術から1年後の夏。
私たちはサノスに指パッチンをされた後のアベンジャーズぐらい失意の底にあった。
去年から人工授精に何度かトライしてきたものの結果は出ず、年齢的にも次のステップに進まなくてはいけない状況だったが、法律上の夫婦ではない我われには手段が限られていた。
それと同時に、私自身は『妊娠』というものに対するココロと身体のアンバランスに気づきはじめた。
卵子を育てるホルモン注射を打つと、胸が張ったり、身体が少し丸みを帯びたりする女性的な変化がみられる。
これは生理前後に起こるような些細な変化であって、普通の人なら気づかない程度のものだと思う。
ただ、X(中性)の私にとって、薬で女性に傾く身体が地味にストレスだった。
子どもは欲しいけど、私が産むのは機能的にもセクシャリティ的にも無理ではないか。
そう思いはじめて奥さんと相談したが、最後まで私の遺伝子をもった子どもにこだわっていた彼女には辛い現実だったと思う。
しかし、2年間 痛みを伴う不妊治療を行うパートナーを横で見守りつづけ、それを受け入れるしかなかった。
選手交代をするか、それとも妊活自体をあきらめるのか。
決断のときは迫っていた。
そんな状況の中、思いもよらないチャンスが巡ってきたのだ。
我われが一番望んでいた形が現実的となった。
もちろん私たちとドナーファミリーはそれにトライすることにした。
妊活を止めるにしても、上手くいかなくても、最後に理想を叶えてみたかったから。
しかしながら結果は惨敗。
ダメ押しに身体もサイフも痛い思いをして、年齢にしては奇跡的にたくさん採れた卵子が全滅するという事態に。
正直、こたえた。
期待してしまったから余計にダメージが強かった。
子ども自体 いてもいなくてもいいと思っている私ですら、卵全滅の報告を受けたときはトラウマになるくらい辛かった。
スーッと血の気が引く感じがして、そこからどうやって家まで帰って来たのか記憶が曖昧。
あまりに動揺したせいで1人で消化しきれず、まだ仕事中だった奥さんに電話してしまったことだけが本当に悔やまれる。
奥さんは2日間泣きつづけて目がショボショボになっていたし、私は痛ましい彼女を見ていられなくて、お菓子を焼いて気を紛らわしたりしていたけど、どうしても頭をよぎることがある。
これが男女の夫婦だったら、
同性婚が認められていたら、
もっと同性カップルの妊活が受け入れられた社会だったら…
病院やドナー探しの苦労もなく、2年前に同じ治療にトライできて、私たちが支払った税金から助成金も受けとることもできたかもしれない。
そう思うと言いようのない悔しさでまた泣けてくる。
そんな悲壮としかいえない週末を過ごして、少し見えてきたことがある。
私たちは過信していた。
高度な治療を受ければ、子どもはそのうち授かるものだと。
世の中には体外受精や流産を何度もくり返して出産される方も多く、悪い結果も自然と乗り越えていけるものだと。
同性ゆえに妊活に関して共感できる部分も多いが、それはプラスでもありマイナスでもある。
共感する分、残念な結果のダメージも大きい。
久しぶりに日記書いたのにお通夜な話ですみません。まだちょっと重い内容がつづくかも。
ただ、ドン底から学んだことも多く、2人の関係にも大きな変化があったことはこれから少しづつ書いていきたい。
ポリープ手術
随分と前の日記から間が空いてしまった。
それというのも、2カ月あまり妊活をお休みしていたのです。
1回目の人工授精は不発に終わり、こんなに精鋭部隊でダメなら無理かもなぁ と、なかば諦めモードで再受診したところ、先生から子宮ポリープ があると言われた。
前からポリープ があるかもと言われていたのだけど、それが着床の邪魔をしているかもしれないから手術した方が良いとのこと。
良性ポリープ だし、妊活がなければ放っておいてよいものなので、わざわざ入院して取らなくても…
というのが最初の気持ち。
ただ、妊活した友人たちに聞いたところ、ポリープ 取ってから即妊娠した人がいたり、保険で入院費の負担が比較的少ないとのことだったので、オペをすることにした。
まれにポリープ が悪性のこともあるらしいので、取れるタイミングがあるなら取っちゃった方がいいかなとも思って。
入院自体は3日間程度の簡単なものだったけど、はじめての入院生活にドキわくでした。
地獄の卵管造影を耐え抜いたのだから怖いものなどない!と余裕ぶっこいていたら、事前の注水検査では貧血でホワイトアウトしてぶっ倒れ、手術前に子宮口を開くための器具を入れるのがクソ痛かった。
あと人生初の尿管留置バルーンも体験した。
あれ、患者さんが自己抜去しちゃうの分かるわ。
他にもいつもと逆の立場から病院生活を見てみると気づかされることも多くて。
人の立場に立つって、本当に大事ね。
手術自体は全身麻酔で寝ている間に終わって、術後も痛みなく直ぐに仕事復帰できたのが救いかな。
基本的に病気ではないので、入院生活は直ぐに飽きて、病院のベッドの上でいろいろ考えてた。
術後しばらくは妊活もお休み。
基礎体温を測らず、お酒を飲み、趣味に没頭する時間はとても自由で楽しくて、妊活が思いのほかストレスになっていたことに気づいた。
何より女性性に寄らなくて良いのが楽。
この感覚を上手く表現できないのだけど。
産婦人科の診察台に乗るのも、排卵誘発剤を打たれるのも、精子を体内に入れるのも、性別のやじろべえのバランスがちょっと崩れる行為なのね。
いまは目的があって望んでやっていることだけど、まったく平気なわけではなくて。。
う〜ん、Xって我ながら面倒くさいわ〜笑
そういうものから解放されたら、えらくホッとしている自分がいた。
診察室って孤独なんだもの。
夫婦で寄り添って待合室にいる人たちをみると、正直うらやましい。
2人、いやもっと沢山のチームで不妊治療を闘っているのに、なんで一緒に来てはダメなのだろう。
そもそも何で嘘をつかないと妊活できないのだろう。
近しい人から「同性カップルで子どもが欲しいなんて、贅沢すぎる。結婚式ができただけで充分じゃない。」と言われて、とても理不尽だと思った。
贅沢かどうか、充分かどうかは、自分で決める。私たちは Never enough だから。
チクタクとタイムリミットが迫る中、
病院の天井を眺めながらぼんやり考えた。
血の繋がっていない子の親になれるのか
家族って何なのか
どうやって旅の終止符を打つのか
どうせいくなら最後はドラマティックにいこう!