銀のスプーン
奥さんが私の遺伝子にこだわった理由。
そもそも彼女の方が子宮の機能がいいし、妊娠・出産に葛藤もない。
自分が産みたい気持ちを抑えてまで私の子どもに執着していたのを、いままでは「まあ随分と私のことが好きだな」ぐらいに思ってた。
惚気ではなく。
「きみの全てが素晴らしいと思うから、ぜひ遺伝子を受け継いだ存在をこの世に生み出して、自分の手で育てたい。」と真顔で碇ゲンドウばりの壮大な保管計画を語り出したときは、ちょっと引いたし。
私 死んだらペットセメタリーに埋められるのかな…
しかし今回の惨敗を機に、もう一度 子どもについて話し合ったとき、彼女の中に自分の遺伝子に対する呪いのようなコンプレックスがあることに気づいた。
奥さんは愛情はあるものの裕福ではない複雑な家庭で育っていて、生まれた子どもに彼女の両親のマイナス面が受け継がれるのを、本気で心配していたのだ。
私も以前は自分の血を継いでいない子を愛せるのか、わが子といえるのか自信がなかった。
その子が何かトラブルを起こしたとき「私の子じゃないからだ」と思ってしまうことが怖かった。
だけど不妊治療をつづけた2年間、姪っ子の誕生やドナーファミリーの子育てを近くでみていて確信したことがある。
私は「遺伝子」では造られていない。
正確には、遺伝子の要素なんて ちっぽけな一部でしかないということ。
たとえ血が繋がっていなくても、私は母さんのように芸術を愛し、雨の日にはケーキを焼いて部屋を甘い香りで満たすのが好きだし、
父さんのように根はロマンチストだけど愛情表現は苦手で、ごめんなさいが素直に言えない。
家族と一緒に過ごした時間や外の世界での体験や教育がパイ生地のように積み重なった結果が私なのだ。
この間 キングスマンを見ていた奥さんが急に涙ぐんだので驚いたけど、映画の中の台詞に何か響くものがあったらしい。
銀のスプーンが無くても道は拓けるということだ。君が順応して学べば変われるのだ。
Now, my point is that the lack of a silver spoon has set you on a certain path that you needn’t stay on.
銀のスプーンは裕福な家柄の象徴。
紳士になる条件に出自は関係ない。
もし今後 血のつながらない子どもを育てるチャンスを与えられたら、私は秘伝のレシピのように人生の楽しさや学んだことを余すことなく伝えていけばよい。
それが真の意味で「受け継いだもの」なのだから。